特許権の存続期間は、特許法67条1項に基づき「特許出願の日から20年」と定められています。この計算は非常にシンプルで、例えば2025年3月21日に特許出願をした場合、翌日の2025年3月22日が1日目として起算され、そこから20年が経過した2045年3月21日に特許権の存続期間が満了します。
ただし、注意すべき点として、特許出願をしてから特許権が実際に発生するまでには時間がかかります。特許出願後、審査請求を行い、特許庁による審査を経て特許査定を受け、特許料を納付して初めて特許権が設定登録されます。この審査期間中は特許権が発生していないため、実質的に権利を行使できる期間は20年よりも短くなります。
特許庁の統計によると、審査請求から特許査定までの平均期間は約15ヶ月とされています。つまり、出願から権利化までに平均で1年以上の期間を要することになり、実際に権利として使える期間は20年より短くなるのが一般的です。
特許権を維持するためには、特許料(年金)を定期的に納付する必要があります。特許権の設定登録時には1〜3年目までの3年分の特許料を一括で納付しますが、4年目以降は毎年特許料を納付しなければなりません。
特許料は年数が経過するにつれて高額になる傾向があります。例えば、7年目からは毎年約2万円+(請求項の数×1500円)ほどかかり、6年目と比較すると約3倍になります。そのため、使用していない特許権は放棄することで維持費用を抑えるという選択肢もあります。
特許料の納付を忘れた場合、納付期限経過後に権利が抹消されます。ただし、納付期限経過後も追納期間として6ヶ月間は、通常の2倍額を支払うことで特許権を回復することができます。さらに、追納期間を経過した後でも「正当な理由」があれば所定の期間内に追納が可能です(特許法112条の2)。
特許庁からは納付期限前の連絡は来ないため、期限管理は権利者自身の責任となります。特許事務所などの専門家に期限管理を依頼したり、自動納付サービスを利用したりすることで、うっかり忘れを防ぐことが重要です。
特許法67条4項では、医薬品や農薬などの分野において、安全性確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分を受けるために特許発明を実施できない期間があった場合、5年を限度として特許権の存続期間を延長できると規定されています。
この制度が設けられた背景には、医薬品や農薬は特許を取得しても、薬事法などの規制により製造販売の承認を得るまで実施できないという特殊性があります。承認取得のためには臨床試験などに長期間を要するため、実質的な独占期間が短くなってしまうことへの救済措置として、この延長制度が設けられています。
延長登録を受けるためには、特許権の存続期間の満了前6ヶ月から1年6ヶ月の間に、延長登録出願を行う必要があります。出願には、延長を求める期間や、その期間の算定の基礎となる処分の内容などを記載した書類を提出しなければなりません。
延長された特許権の効力は、承認を受けた医薬品等の範囲に限定されます。この点については、2015年11月17日の最高裁判決(ベバシズマブ事件)で、先行する承認に係る製造販売が、延長登録出願の理由となった承認に係る製造販売を包含するとは認められないとされた事例があり、延長登録の可否や延長後の権利範囲について重要な判断が示されています。
2020年3月10日以降の特許出願については、特許庁の審査遅延による特許権の存続期間の延長制度が導入されました。特許法67条2項に基づくこの制度は、出願から5年または審査請求から3年のいずれか遅い日(基準日)を超えた後に特許された場合、その基準日より超過した日数分から一部控除した日数だけ、特許権の存続期間を延長できるというものです。
この制度は、特許庁の不合理な審査遅延により存続期間が短くなってしまうことへの救済措置として設けられました。延長できる期間は、特許庁の不合理な審査により遅延した期間が上限となります。例えば、特許権の設定登録までにあった審判や裁判に要する期間については延長期間には含まれません。
期間延長を受けるためには、特許権設定登録の日から3ヶ月を経過する日までの期間内に「延長登録の出願」をしなければなりません。この制度は比較的新しいものであるため、実務上の運用や判断基準については今後の事例の蓄積が待たれます。
特許権の存続期間が満了すると、その発明は公知技術となり、誰でも自由に実施できるようになります。これは技術の進歩と産業の発展を促進するという特許制度の本来の目的に沿ったものです。
存続期間満了後の技術の公知化を見据えた戦略的な特許活用も重要です。例えば、基本特許の存続期間満了が近づいてきた場合、改良発明や応用技術について新たな特許を取得することで、競争優位性を維持する戦略が考えられます。また、特許権の存続期間満了後も、ノウハウや商標権、意匠権などの他の知的財産権を組み合わせることで、ビジネス上の優位性を確保することも可能です。
存続期間満了前の特許表示にも注意が必要です。特許権が過去に有効だったとしても、現時点で消滅している場合に「特許取得済み」などの表示を続けると、特許法198条の「虚偽表示の罪」に問われる可能性があります。これは3年以下の懲役または300万円以下の罰金という重い罰則が設けられているため、特許表示の管理も重要です。
興味深い事例として、3Dプリンタの基礎技術は約30年前に発明されましたが、2009年に基本特許の存続期間が満了するまで他社が容易に参入できませんでした。特許権が切れると同時に各社が一斉にこの技術を活用した製品を発売し、現在のような市場拡大につながったという歴史があります。
日本企業が海外展開する際には、各国の特許制度の違いを理解することが重要です。米国、中国、欧州など主要国においても、特許権の存続期間は日本と同様に出願日から20年と定められています。これは知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)の33条で、特許権の保護期間は出願日から20年が経過する前に終了してはならないと国際的に定められているためです。
ただし、日本の出願を基礎としてパリ条約の優先権を主張して外国に出願した場合は、日本での出願日から20年が存続期間となります。この点は国際的な特許戦略を立てる上で重要なポイントです。
また、各国で特許権の存続期間の延長制度は異なります。例えば、米国では特許期間調整(Patent Term Adjustment)と特許期間延長(Patent Term Extension)の二つの制度があり、日本の制度とは細部が異なります。欧州では医薬品に対する補完的保護証明書(SPC)という制度があり、最大5年間の延長が可能です。
国際的な特許戦略を立てる際には、各国の特許制度の違いを理解し、重要市場での権利保護期間を最大化する出願タイミングや延長制度の活用を検討することが重要です。特に医薬品や農薬など開発期間が長く、規制当局の承認が必要な分野では、各国の延長制度を活用することで実質的な独占期間を確保することが事業戦略上重要となります。
特許の国際出願(PCT出願)を行う場合も、各国移行のタイミングや審査請求のタイミングによって、実質的な権利保護期間に影響が出ることがあるため、戦略的な判断が求められます。