特許権と実用新案権の違いや保護対象と権利行使の特徴

特許権と実用新案権は似ているようで異なる知的財産権です。本記事では両者の保護対象、審査制度、権利期間、権利行使の違いについて詳しく解説します。あなたのビジネスにはどちらの権利が適しているでしょうか?

特許権と実用新案権の違い

特許権と実用新案権の主な違い
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保護対象

特許権は「発明」(物と方法)を保護、実用新案権は「考案」(物品の形状・構造・組合せ)のみを保護

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権利期間

特許権は出願から20年間、実用新案権は出願から10年間

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審査制度

特許は厳格な審査あり、実用新案は基本的に無審査で登録

特許権の保護対象と高度性の要件

特許権は「発明」を保護対象としています。特許法では発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義しています。ここで重要なのは「高度のもの」という要件です。特許権を取得するためには、その技術が高度性を備えていることが求められます。

 

特許権の保護対象は非常に広範で、以下のようなものが含まれます:

  • 物の発明(新型靴下、医薬品、電子機器など)
  • 方法の発明(製造方法、測定方法など)
  • プログラムの発明(コンピュータソフトウェアなど)

特許権の最大の特徴は、物だけでなく方法も保護対象になることです。例えば、新しい製品の製造方法や使用方法なども特許として保護することができます。また、化学物質や医薬品などの組成物、コンピュータプログラムも「物」として特許の保護対象となります。

 

特許権を取得するためには、その発明が「新規性」と「進歩性」を備えていることが必要です。新規性とは、その発明が公知でないことを意味し、進歩性とは、その発明が当業者にとって容易に思いつくものではないことを意味します。

 

実用新案権の物品性と形状・構造・組合せの制限

実用新案権は「考案」を保護対象としています。実用新案法では考案を「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義しており、特許法の定義にある「高度のもの」という要件がありません。つまり、実用新案は特許ほど高度な技術性を必要としないのです。

 

しかし、実用新案権には「物品の形状、構造又は組合せに係るもの」という制限があります。これは実用新案権の保護対象が以下のように限定されることを意味します:

  • 物品に関する考案のみ(方法は保護対象外)
  • 形状、構造、組合せに関するものに限定

例えば、磁石を取り付けて失くならないようにしたヘアピンのような物品の改良は実用新案の対象となりますが、そのヘアピンの製造方法や検査方法は実用新案では保護されません。また、化学物質や医薬品の組成、コンピュータプログラムなども実用新案の保護対象外です。

 

実用新案権は「小発明」や「改良発明」を保護するための制度と言えます。特許ほどの高度性はなくても、実用的な改良を加えた製品を比較的簡単に保護することができるのです。

 

特許権と実用新案権の審査制度と取得期間の比較

特許権と実用新案権では、権利取得までの手続きが大きく異なります。これは両制度の最も重要な違いの一つです。

 

特許権の取得手続き:

  1. 特許出願
  2. 出願から3年以内に審査請求
  3. 特許庁による実体審査(新規性・進歩性などの審査)
  4. 特許査定
  5. 特許料納付と登録

特許権を取得するためには、特許庁による厳格な審査を通過する必要があります。審査官が出願された発明について新規性や進歩性などの特許要件を満たしているかを審査し、要件を満たしていると判断されれば特許が付与されます。この審査過程には通常1年半から数年かかることがあります。

 

一方、実用新案権の取得手続きは:

  1. 実用新案登録出願
  2. 方式審査のみ(実体審査なし)
  3. 登録料納付と登録

実用新案制度の最大の特徴は「無審査登録制度」です。実用新案登録出願は、基本的な方式要件(書類の形式など)を満たしていれば、新規性や進歩性などの実体的な審査を経ることなく登録されます。そのため、出願から約4〜6ヶ月という短期間で権利を取得することができます。

 

この違いにより、実用新案権は特許権よりも早く取得できますが、その分権利の安定性は低くなります。無審査で登録されるため、後に無効になるリスクが特許よりも高いのです。

 

特許権と実用新案権の権利期間と維持費用の違い

特許権と実用新案権では、権利の存続期間と維持に必要な費用にも違いがあります。

 

特許権の存続期間は出願日から20年間です。一部の医薬品や農薬などでは最大5年の期間延長が認められる場合もあります。一方、実用新案権の存続期間は出願日から10年間と、特許権の半分の期間となっています。

 

権利を維持するためには、どちらの権利も特許庁に年金(特許料または登録料)を納付する必要があります。年金額は権利の種類や経過年数によって異なりますが、一般的に実用新案権の年金は特許権よりも低額に設定されています。

 

例えば、特許権の場合:

  • 1〜3年分(一括):毎年10,300円(個人・中小企業は1/3に軽減可能)
  • 4〜6年分:毎年16,100円(同上)
  • 7〜9年分:毎年32,200円(同上)
  • 10年目以降:さらに高額になる

実用新案権の場合:

  • 1〜3年分(一括):毎年3,400円(個人・中小企業は1/3に軽減可能)
  • 4〜6年分:毎年6,800円(同上)
  • 7〜9年分:毎年13,500円(同上)
  • 10年目:20,300円(同上)

このように、実用新案権は特許権と比較して維持費用が安く設定されています。これは、実用新案が比較的小規模な技術改良を保護することを目的としているためです。

 

特許権と実用新案権の権利行使時の技術評価書の必要性

特許権と実用新案権では、権利侵害があった場合の権利行使の方法にも大きな違いがあります。

 

特許権の場合、権利侵害が発生した際には、特許権者は直ちに侵害者に対して差止請求や損害賠償請求などの権利行使を行うことができます。特許権は厳格な審査を経て付与された権利であるため、権利行使の前に特許の有効性を改めて確認する手続きは必要ありません。

 

一方、実用新案権の場合は、権利行使の前に「実用新案技術評価書」を取得し、それを侵害者に提示する必要があります。実用新案技術評価書とは、特許庁が実用新案権の有効性(新規性や進歩性など)について評価した公的な文書です。

 

この制度が設けられている理由は、実用新案権が無審査で登録される制度であるため、権利の有効性に疑問がある場合があるからです。実用新案技術評価書の請求には別途費用がかかり(42,000円+請求項数×1,000円)、評価結果が出るまでに数ヶ月の時間を要します。

 

さらに、実用新案技術評価書で否定的な評価を受けた場合(新規性や進歩性がないと判断された場合)、権利行使を行うと後に「権利の濫用」と判断され、損害賠償責任を負う可能性があります。このため、実用新案権者は技術評価書の内容によっては権利行使を断念せざるを得ないケースもあります。

 

この権利行使の違いから、実務上は特許権の方が「使い勝手がよい」と評価されることが多いです。しかし、早期に権利化したい場合や、製品のライフサイクルが短い場合には、実用新案権が有効な選択肢となることもあります。

 

特許権と実用新案権の戦略的活用と併用のメリット

特許権と実用新案権はそれぞれ異なる特徴を持っていますが、これらを戦略的に活用することで、より効果的な知的財産保護が可能になります。

 

実用新案権の戦略的活用方法:

  1. 早期権利化が必要な場合:製品のライフサイクルが短い場合や、市場競争が激しい分野では、無審査で早期に権利化できる実用新案権が有効です。

     

  2. マーケティングツールとしての活用:「実用新案登録済み」という表示は、製品の技術的優位性をアピールする効果があります。

     

  3. 特許出願の補完:特許出願と並行して実用新案登録出願を行うことで、特許が成立するまでの間、実用新案権で保護することができます。

     

特許権と実用新案権の併用戦略:

  1. 同一発明の二重出願:同じ技術内容について特許出願と実用新案登録出願を同時に行う方法です。ただし、最終的にはどちらか一方の権利を選択する必要があります。

     

  2. 技術の階層的保護:基本的な技術は特許で保護し、その応用や改良は実用新案で保護するという階層的な保護戦略も効果的です。

     

特に注目すべきは「実用新案からの特許出願への変更制度」です。実用新案登録出願から特許出願への変更は、実用新案の設定登録前であれば可能です。これにより、まず実用新案として出願し、市場の反応を見てから特許出願に変更するという柔軟な戦略を取ることができます。

 

また、特許出願から実用新案登録出願への変更も、特許査定または拒絶査定の謄本の送達前であれば可能です。特許審査の過程で権利化が難しいと判断した場合、実用新案に変更することで権利取得の可能性を残すことができます。

 

このように、特許権と実用新案権の特性を理解し、ビジネス戦略に合わせて適切に選択・併用することが、効果的な知的財産戦略の鍵となります。

 

特許権と実用新案権の選択基準と企業規模別の活用事例

特許権と実用新案権のどちらを選択すべきかは、技術の内容、事業戦略、予算など様々な要素によって異なります。ここでは、企業規模別の選択基準と活用事例を紹介します。

 

【大企業の活用事例】
大企業では、主力製品や基幹技術については特許権で保護し、周辺技術や改良技術については実用新案権で保護するという「多層的保護戦略」が一般的です。例えば、電機メーカーA社では、新開発のディスプレイ技術の基本原理を特許で保護し、その応用や製造工程の改良部分を実用新案で保護することで、競合他社の参入を効果的に防いでいます。

 

また、研究開発の初期段階で生まれたアイデアを迅速に権利化するために実用新案を活用し、その後の開発で重要性が高まった技術については特許出願に切り替えるという戦略も見られます。

 

【中小企業の活用事例】
中小企業では、コスト効率と早期権利化の観点から実用新案権を積極的に活用するケースが多いです。例えば、金属加工業のB社では、自社開発の金属部品の形状改良について実用新案権を取得し、大手メーカーとの取引において技術的優位性をアピールすることに成功しています。

 

また、製品のライフサイクルが短い業界では、審査に時間がかかる特許よりも、早期に権利化できる実用新案を選択する傾向があります。例えば、アパレル関連のC社では、機能性衣料の構造改良について実用新案権を取得し、模倣品対策に活用しています。

 

【スタートアップの活用事例】
資金に制約のあるスタートアップ企業では、初期段階では費用対効果の高い実用新案権を取得し、事業が軌道に乗った段階で特許権の取得に移行するという段階的アプローチが見られます。例えば、IoT機器開発のD社では、プロトタイプ段階の製品構造について実用新案権を取得し、投資家へのアピールポイントとして活用しています。

 

【選択基準のチェックリスト】
以下の項目に当てはまる場合は、特許権の取得を検討すべきです:

  • 技術的に高度な発明である
  • 方法の発明を保護したい
  • 長期間(20年)の保護が必要
  • 権利の安定性を重視する
  • 積極的に権利行使を行う予定がある

以下の項目に当てはまる場合は、実用新案権の取得を検討すべきです:

  • 物品の形状・構造・組合せに関する改良発明である
  • 早期の権利化が必要
  • 製品のライフサイクルが短い(10年以内)
  • 費用を抑えたい
  • マーケティングツールとしての活用を重視する

このように、特許権と実用新案権は相互補完的な関係にあり、企業の状況や戦略に応じて適切に選択・組み合わせることが重要です。