特許法において発明は大きく分けて3つのカテゴリーに分類されています。これらのカテゴリーは特許権の効力範囲に直接関わる重要な概念です。発明の種類を正しく理解することで、自分の技術を適切に保護し、強い特許権を取得することができます。本記事では、特許法上の発明の種類について詳しく解説し、それぞれのカテゴリーの特徴や実施行為の範囲について説明します。
物の発明とは、有形・無形を問わず「物」そのものに関する発明を指します。特許法上、物の発明には以下のようなものが含まれます:
特筆すべき点として、プログラム(ソフトウェア)は形のある「物」ではありませんが、特許法上は「物の発明」として取り扱われます。これは日本の特許法の特徴の一つです。ただし、すべての国でプログラムが同様に扱われるわけではなく、国ごとに取扱いが異なることに注意が必要です。
物の発明の実施行為は特許法第2条第3項第1号に規定されており、以下の行為が含まれます:
つまり、物の発明の特許権者は、上記のすべての行為について独占的な権利を持ちます。例えば、特許を取得した新型エンジンであれば、そのエンジンの製造、使用、販売、輸出入などすべてを独占的に行う権利を持つことになります。
方法の発明は、特定の技術的手順やプロセスに関する発明です。時間的な要素を含むことが特徴で、例えばステップAの次にステップBを行うという順序が特許発明として特定されている場合、その順序を変更すれば(B→Aの順に行えば)、特許侵害にならない可能性があります。
方法の発明は大きく二つに分類されます:
単純方法の発明の実施行為は、「その方法の使用をする行為」のみに限定されます(特許法第2条第3項第2号)。一方、物を生産する方法の発明の実施行為は、方法の使用に加えて、「その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」も含まれます(特許法第2条第3項第3号)。
つまり、物を生産する方法の発明の特許権者は、その方法自体だけでなく、その方法で生産された物についても権利を主張できるため、権利範囲が広くなります。
発明の種類(カテゴリー)によって、特許権の効力が及ぶ範囲は大きく異なります。それぞれのカテゴリーにおける権利範囲の違いを理解することは、特許戦略を立てる上で非常に重要です。
物の発明の権利範囲:
物の発明の場合、その物自体に対する権利が発生します。つまり、その物の生産、使用、販売、輸出入など、あらゆる行為に対して権利が及びます。例えば、新しい構造のスマートフォンを特許として取得した場合、そのスマートフォンの製造、使用、販売などすべての行為に対して権利を主張できます。
単純方法の発明の権利範囲:
単純方法の発明の場合、その方法を使用する行為のみに権利が及びます。例えば、データ処理方法を特許として取得した場合、その方法を使用する行為に対してのみ権利を主張できますが、その方法を実装した装置自体については権利が及びません。
物を生産する方法の発明の権利範囲:
物を生産する方法の発明の場合、その方法を使用する行為に加えて、その方法によって生産された物の使用、販売、輸出入などの行為にも権利が及びます。例えば、新しい半導体の製造方法を特許として取得した場合、その方法を使用する行為だけでなく、その方法で製造された半導体の使用、販売などの行為にも権利を主張できます。
このように、物を生産する方法の発明は、単純方法の発明に比べて権利範囲が広く、強い特許権を取得できる可能性があります。そのため、発明の内容によっては、物の発明だけでなく、物を生産する方法の発明としても特許出願することが戦略的に有効な場合があります。
特許出願において、発明のカテゴリー(種類)は請求項の記載方法によって決まります。請求項は特許権の範囲を定める最も重要な部分であり、どのカテゴリーで出願するかによって記載方法が異なります。
物の発明の請求項の書き方:
物の発明の請求項は、通常、「~を備える装置」「~を含有する組成物」「~として機能するプログラム」などの形式で記載されます。例えば:
text
「センサーAと、処理部Bと、表示部Cとを備える測定装置。」
「成分Xと成分Yとを含有する医薬組成物。」
「コンピュータを、データ取得手段、分析手段、出力手段として機能させるプログラム。」
方法の発明の請求項の書き方:
方法の発明の請求項は、通常、「~するステップと、~するステップとを含む方法」などの形式で記載されます。例えば:
text
「データを取得するステップと、取得したデータを分析するステップと、分析結果を出力するステップとを含む情報処理方法。」
物を生産する方法の発明の請求項の書き方:
物を生産する方法の発明の請求項は、通常、「~を製造する方法であって、~するステップと、~するステップとを含む方法」などの形式で記載されます。例えば:
text
「化合物Zを製造する方法であって、原料Aと原料Bとを混合するステップと、混合物を加熱するステップとを含む方法。」
実務上、一つの特許出願に複数のカテゴリーの請求項を含めることが一般的です。例えば、新しい装置を発明した場合、その装置自体(物の発明)、その装置の製造方法(物を生産する方法の発明)、その装置の使用方法(方法の発明)について、それぞれ請求項を作成することができます。
これにより、発明を多角的に保護し、特許権の効力範囲を広げることができます。ただし、請求項の数が増えると特許庁に支払う費用も増加するため、コストと保護範囲のバランスを考慮する必要があります。
特許法上の基本的な発明の種類(物の発明、方法の発明、物を生産する方法の発明)とは別に、発明の性質や内容に着目した分類も存在します。これらは法律上の明確な定義はありませんが、実務上よく使われる概念です。主なものには以下があります:
1. 用途発明:
用途発明とは、既知の物質や装置について、新しい用途を見出した発明です。例えば、もともと別の目的で使われていた化学物質に新たな薬理効果を発見し、医薬品として利用する発明などが該当します。
用途発明は基本的に「物の発明」または「方法の発明」として特許出願されますが、その新規性・進歩性は新たに発見された用途(効果)に基づいて判断されます。
2. 選択発明:
選択発明とは、すでに広い概念(上位概念)の発明が知られている中で、その範囲内の特定の要素や条件を選択し、予想を超える効果を見出した発明です。例えば、ある化合物群の中から特定の化合物を選択し、それが予想外の高い効果を示す場合などが該当します。
選択発明も基本的には「物の発明」または「方法の発明」として特許出願されますが、その新規性・進歩性は選択された要素や条件がもたらす予想外の効果に基づいて判断されます。
3. 改良発明:
改良発明とは、既存の発明に対して改良を加えた発明です。例えば、既存の装置の構造を一部変更して性能を向上させた発明などが該当します。
改良発明は、改良の対象となる発明のカテゴリーに応じて、「物の発明」または「方法の発明」として特許出願されます。
4. 利用発明:
利用発明とは、他人の特許発明を利用しつつ、さらに新たな技術的要素を付加した発明です。利用発明は特許を取得できますが、その実施には元の特許権者の許諾が必要になります。
これらの発明の分類は、特許法上の発明の種類(カテゴリー)とは異なる観点からの分類であり、両者は重複して適用されます。例えば、ある発明は「物の発明」であると同時に「用途発明」でもあり得ます。
特許出願を行う際には、発明の内容に応じて適切なカテゴリーを選択するとともに、発明の性質(用途発明、選択発明など)も考慮して、最も効果的な保護が得られるように請求項を作成することが重要です。
特許出願を行う際には、発明の種類(カテゴリー)を戦略的に活用することで、より強固な特許ポートフォリオを構築することができます。以下に、発明の種類を活用した戦略的な出願方法について説明します。
1. 複数のカテゴリーでの出願:
同じ技術的思想に基づく発明であっても、物の発明、方法の発明、物を生産する方法の発明など、複数のカテゴリーで請求項を作成することが有効です。これにより、発明を多角的に保護し、権利範囲を広げることができます。
例えば、新しい半導体装置を開発した場合:
これら3つのカテゴリーで請求項を作成することで、装置自体だけでなく、その製造方法や使用方法も保護することができます。
2. 侵害立証の容易さを考慮したカテゴリー選択:
特許権を行使する際には、侵害の立証が必要になります。カテゴリーによって侵害立証の難易度が異なるため、これを考慮したカテゴリー選択が重要です。
例えば、方法の発明の場合、その方法が企業の内部で秘密裏に実施されている場合、侵害の立証が困難になることがあります。一方、物の発明の場合、市場に出回っている製品を分析することで侵害を立証しやすい場合があります。
また、物を生産する方法の発明の場合、その方法で生産された物に特有の特徴がある場合、その物の分析によって方法の使用を推定できることがあります。
3. ビジネスモデルに合わせたカテゴリー選択:
自社のビジネスモデルや、競合他社の動向に合わせてカテゴリーを選択することも重要です。
例えば、自社が製造業であれば、製品(物の発明)とその製造方法(物を生産する方法の発明)を重点的に保護することが有効です。一方、サービス業であれば、サービス提供方法(方法の発明)やそれを実現するシステム(物の発明)を保護することが重要になります。
4. 国際的な保護を考慮したカテゴリー選択:
国によって特許制度や審査基準が異なるため、国際的な保護を考慮したカテゴリー選択も重要です。
例えば、ソフトウェア関連発明の場合、日本ではプログラム自体を「物の発明」として保護できますが、国によってはプログラムを実行する方法(方法の発明)やプログラムを記録した記録媒体(物の発明)として請求する方が認められやすい場合があります。
このように、発明の種類を戦略的に活用することで、より強固な特許保護を実現することができます。特許出願を行う際には、弁理士などの専門家と相談しながら、最適なカテゴリー選択を行うことをお勧めします。
以上、特許法における発明