選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明または選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念や選択肢の一部を選択したものです。この選択した発明が、元の上位概念の発明によって新規性が否定されない場合に「選択発明」と呼ばれます。
選択発明は主に化学分野で見られますが、これは化学分野では構造が似ていても効果が大きく異なることがあるためです。例えば、ある一般式で表される化合物群の中から特定の化合物を選択し、予想外の効果を見出した場合などが該当します。
特許法第29条2項に基づく進歩性の判断において、選択発明は特別な扱いを受けます。通常の発明と異なり、選択発明では「予測できない顕著な効果」が重要な判断基準となります。
特許審査基準によれば、選択発明は以下のように定義されています:
「物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明」
選択発明には主に以下の種類があります:
選択発明は、上位概念から下位概念を選択する際に、単なる選択ではなく、その選択によって予測できない効果が得られることが重要です。
選択発明の新規性判断は、通常の発明とは異なる特別な考慮が必要です。特許審査基準では、以下のような場合に新規性が否定されないとしています:
新規性が否定されるケースとしては、以下のような場合があります:
例えば、先行技術文献において広く定義されていた化合物の中から特定の化合物を選択した選択発明の場合、その先行技術文献中に特定の化合物に関する実施例などの記載があれば、新規性が否定されます。
重要なポイントは、単に上位概念に含まれるというだけでは新規性が否定されず、具体的な開示や示唆があるかどうかが判断基準となることです。
選択発明の進歩性判断において、「効果」は極めて重要な要素となります。特許審査基準によれば、以下の条件を満たす場合に進歩性が認められます:
「刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。」
進歩性が認められるためには、以下の2つのいずれかの条件を満たす必要があります:
さらに重要なのは、これらの効果が「技術水準から当業者が予測できたものでない」ことです。つまり、その効果が予測不可能であったことが求められます。
進歩性を主張する際には、選択した範囲での顕著な効果を示す実施例と、選択した範囲以外での比較例を示すことが有効です。これにより、選択した範囲の特別な効果を明確に示すことができます。
選択発明の理解を深めるために、具体例と裁判例を見てみましょう。
具体例1:化合物の選択発明
ある一般式で表される化合物が殺虫性を有することが知られていましたが、その一般式に含まれる特定の化合物について、人に対する毒性が一般式中の他の化合物に比べて顕著に少ないことを見出し、これを殺虫剤の有効成分として選択した場合。この場合、「人に対する毒性が低い」という予測できない有利な効果により、選択発明として進歩性が認められる可能性があります。
具体例2:数値範囲の選択発明
先行技術文献において1~100質量%と記載されていた成分について、40~70質量%の範囲で顕著な効果を奏することを見出して選択した場合。この特定の範囲で予測できない効果が得られれば、選択発明として認められる可能性があります。
裁判例:選択発明が肯定された例
裁判例:選択発明が否定された例
これらの裁判例から、選択発明の進歩性判断においては、「予測できない顕著な効果」の有無が決定的な要素となることがわかります。
選択発明は国によって扱いが異なるため、国際的な特許出願を検討する場合は注意が必要です。
各国の選択発明に対する姿勢
特に欧州では、選択発明の新規性判断基準として以下の要件が重視されてきました:
しかし、2010年の審決(T230/07)以降、効果に関する要件は新規性ではなく進歩性の要件とする傾向にあります。
出願戦略のポイント
選択発明で特許を取得するための戦略として、以下の点に注意すべきです:
選択発明は、特に化学・医薬品分野において重要な特許戦略となります。予測できない効果を見出し、それを適切に実証・説明することで、上位概念の特許が存在する分野でも、価値ある特許権を取得できる可能性があります。
特許出願前に十分な実験データを取得し、効果の顕著性を示すことが、選択発明の特許取得の鍵となります。