組成物発明と特許の取り方と成分特定の基礎知識

組成物発明の特許取得を目指す方に向けた完全ガイド。成分特定の方法から文言解釈まで実務的な知識を解説。あなたの発明を守るための最適な特許戦略とは?

組成物発明の特許取得と成分特定の重要性

組成物発明の基本要素
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複数成分の組合せ

組成物発明は複数の化学物質を特定の割合や目的で組み合わせた発明です

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用途の明確化

組成物発明では何らかの用途を明示することが必須条件となります

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文言解釈の重要性

「からなる」「含有する」などの表現が権利範囲に大きく影響します

組成物発明とは、複数の化学物質を組み合わせることで新たな効果や性能を生み出す発明のことです。例えば、樹脂とカーボンナノチューブと特定の化合物を含む樹脂組成物などが該当します。このような発明は化学・材料分野において非常に重要な位置を占めており、適切に特許を取得することで競争優位性を確保できます。

 

組成物発明の特許を取得するためには、成分の特定方法や請求項の記載方法に特に注意が必要です。本記事では、組成物発明の基本的な考え方から特許取得のポイント、さらには権利範囲を左右する文言解釈まで詳しく解説します。

 

組成物発明の定義と特許法上の位置づけ

組成物発明とは、既知の化合物や材料を絶妙に配合・組み合わせることで、新たな効果や性能を生み出す発明を指します。特許法上では「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当し、特許の対象となります。

 

組成物発明の特徴は以下の点にあります:

  • 複数の化学物質(成分)の組み合わせによって構成される
  • 各成分単独では得られない効果や性能を発揮する
  • 用途が明確に示されている必要がある
  • 成分間の相乗効果が重要視される

例えば、塗料は樹脂、色素、硬化剤、溶剤などを含み、各成分を絶妙に組み合わせることで性能が向上します。また、医薬品の配合剤や化粧品の処方なども典型的な組成物発明です。

 

特許法では、このような組成物発明は「物の発明」として扱われ、その製造方法や用途とは別個に保護されます。つまり、同じ組成物でも、その製造方法や用途が異なれば、それぞれ別の発明として特許を取得できる可能性があります。

 

組成物発明の特許請求項における成分特定の方法

組成物発明の特許請求項では、成分の特定方法が非常に重要です。成分特定の方法によって権利範囲が大きく変わるためです。

 

成分特定の主な方法には以下があります:

  1. 化学構造式による特定
    • 最も明確な特定方法
    • 例:「下記式(1)で表される化合物を含む組成物」
  2. 物理的・化学的パラメータによる特定
    • 構造式での特定が難しい場合に用いる
    • 例:「融点が〇〇℃~△△℃の化合物Aを含む組成物」
  3. 製造方法による特定(プロダクト・バイ・プロセス)
    • 物自体を直接特定できない場合の最終手段
    • 例:「原料Bを〇〇処理して得られる化合物を含む組成物」
  4. 機能・特性による特定
    • 物質の働きや効果で特定
    • 例:「pH調整剤として機能する化合物Cを含む組成物」

また、各成分の配合量や割合も重要な特定要素です:

text【請求項1】
樹脂A:40~60重量%
顔料B:10~20重量%
添加剤C:1~5重量%
を含む塗料組成物。

 

成分特定の際は、広すぎず狭すぎない適切な範囲設定が重要です。広すぎると新規性・進歩性の欠如で拒絶される可能性があり、狭すぎると権利範囲が限定的になってしまいます。

 

組成物発明における「からなる」と「含む」の文言解釈の違い

組成物発明の特許請求項では、「からなる」と「含む」(または「含有する」)という文言の選択が権利範囲に大きな影響を与えます。

 

「からなる」の解釈
「からなる」という表現は、原則として請求項に記載された成分のみで構成され、他の成分を含まないことを意味します。知財高裁平成29年1月20日特別部判決(オキサリプラティヌム事件)では、「からなる」という文言について、明細書の記載や出願経過によっては異なる解釈もあり得るが、基本的には限定的に解釈されるとの判断が示されました。

 

例:「成分AとBからなる組成物」は、原則としてA、B以外の成分を含まない
「含む」の解釈
一方、「含む」や「含有する」という表現は、請求項に記載された成分を必須としつつも、他の成分が存在することを許容する開放的な表現です。

 

例:「成分AとBを含む組成物」は、A、B以外の成分C、Dなどを含んでいても権利範囲に含まれる
実務上の選択

  • 「からなる」:他社の回避設計を困難にしたい場合や、特定の成分のみで効果を発揮する場合
  • 「含む」:将来的な改良の余地を残したい場合や、様々な添加剤を使用する可能性がある場合

実際の出願では、上位概念として「含む」形式の請求項と、下位概念として「からなる」形式の請求項を併記することも多いです。

 

text【請求項1】
成分A、B及びCを含む組成物。

 

【請求項2】
成分A、B及びCからなる組成物。

 

このような記載により、広い権利と狭い権利の両方を確保する戦略が取られています。

 

組成物発明の特許性を高める効果・用途の記載方法

組成物発明の特許取得において、効果や用途の記載は極めて重要です。組成物発明では、単に成分を組み合わせるだけでなく、その組み合わせによって生じる効果や用途に新規性・進歩性が認められることが多いためです。

 

効果の記載ポイント

  1. 予測困難な効果(顕著な効果)の強調
    • 各成分単独では得られない相乗効果
    • 従来技術と比較して著しく優れた効果
    • 数値データによる客観的な効果の証明
  2. 比較実験データの活用
    • 発明の組成物と従来品との性能比較
    • 各成分の配合量による効果の変化
    • 成分の組み合わせによる効果の違い

効果を示す具体的な記載例:

text本発明の組成物は、成分AとBを特定の割合で組み合わせることにより、
従来品と比較して耐熱性が50%向上し、さらに耐候性も30%改善する
という相乗効果を示す。(実施例1、表3参照)

用途の記載ポイント
組成物発明では、何らかの用途を明示することが必須です。用途の記載方法には以下のようなものがあります:

  1. 請求項での用途限定
    • 例:「〇〇用途の組成物」「〇〇として使用するための組成物」
  2. 明細書での用途の詳細説明
    • 具体的な使用方法
    • 適用分野や産業上の利用可能性
    • 用途に応じた最適な配合例

用途を特定することで、同じ組成でも異なる用途であれば別発明として特許を取得できる可能性があります(用途発明)。例えば、同じ化合物でも「接着剤用途」と「医薬用途」では別の発明として認められることがあります。

 

効果・用途の記載は、特許審査における進歩性の判断に大きく影響するため、明細書作成時には具体的かつ客観的なデータを盛り込むことが重要です。

 

組成物発明の進歩性判断における予測困難性の証明戦略

組成物発明の特許審査では、進歩性(特許法29条2項)の判断が最も重要なハードルとなります。特に、各成分自体が公知である場合、それらを組み合わせることの予測困難性をどう証明するかが鍵となります。

 

進歩性を肯定する要素

  1. 相乗効果の存在
    • 各成分の効果の単純な足し算を超える効果
    • 例:成分A(効果10)+成分B(効果15)→組合せ効果50
  2. 技術分野の異なる組合せ
    • 異なる技術分野から成分を組み合わせた場合
    • 例:電子材料の技術と医薬品技術の組合せ
  3. 阻害要因の存在
    • 従来技術では組合せが否定的に評価されていた
    • 例:「成分AとBは反応して分解するため併用すべきでない」という従来の技術常識
  4. 長年解決されなかった課題の解決
    • 業界の長年の課題を解決する組成物
    • 例:「30年来の課題であった〇〇問題を解決」

予測困難性を証明する具体的戦略

  1. 比較実験データの充実
    • 出願前:十分な実験データを取得して明細書に記載
    • 審査段階:必要に応じて実験成績証明書で補強
  2. 数値限定の活用
    • 特定の数値範囲で顕著な効果が生じることを示す
    • 例:「成分Aを10~15重量%、成分Bを20~25重量%含む場合に限り、○○効果が急激に向上する」
  3. 構成の特定性の強調
    • 特定の組合せのみが効果を発揮することを強調
    • 例:「多数の候補から特定の組合せのみを選択する動機付けがない」
  4. 従来技術の問題点の明確化
    • 従来技術の欠点と本発明による解決を対比
    • 例:「従来技術では○○の問題があり、本発明はそれを解決する」

進歩性の証明は、明細書作成段階から戦略的に考える必要があります。特に、実施例や比較例を通じて、発明の効果が予測困難であることを客観的に示すデータを準備しておくことが重要です。

 

また、審査過程で拒絶理由が通知された場合も、実験成績証明書の提出や意見書での論理的な反論により、予測困難性を主張することが可能です。

 

特許・実用新案審査基準「進歩性」に関する特許庁の公式ガイドライン

組成物発明の国際特許戦略と各国審査実務の違い

組成物発明を国際的に保護するためには、各国の審査実務の違いを理解し、それに対応した戦略が必要です。主要国における組成物発明の審査実務の違いと効果的な国際特許戦略について解説します。

 

主要国の審査実務の違い

  1. 日本(JPO)
    • 相乗効果の立証が進歩性判断で重視される
    • 数値限定発明に対する審査が比較的厳格
    • 実施可能要件の審査が比較的緩やか
  2. 米国(USPTO)
    • 自明性(obviousness)の判断が厳格
    • 開示要件(112条)が厳しく、実施例の範囲を超える権利化が難しい
    • 継続出願制度を活用した権利化戦略が可能
  3. 欧州(EPO)
    • 課題解決アプローチによる進歩性判断
    • クレーム明確性の要件が厳格
    • パラメータ発明に対する審査が特に厳しい
  4. 中国(CNIPA)
    • 実施例の範囲を超える権利化が難しい
    • 補正の制限が厳しく、出願時の開示範囲が重要
    • 近年、医薬・化学分野の審査が厳格化

効果的な国際特許戦略

  1. 出願前の準備
    • 各国の要件を満たす明細書作成
    • 十分な実施例と比較例の準備
    • 様々な成分範囲をカバーする実験データの取得
  2. 出願ルートの選択
    • PCT出願:費用効率と審査情報の活用
    • パリルート:早期権利化が必要な場合
    • 各国の早期審査制度の活用
  3. クレーム戦略
    • 主要市場向けの広いクレーム
    • 各国の実務に合わせた複数のクレームセット
    • 製造方法クレームや用途クレームの併用
  4. 翻訳の重要性
    • 技術用語の正確な翻訳
    • 各国の法的用語の適切な使用
    • 「からなる」「含む」等の解釈の違いに注意
  5. 各国対応のカスタマイズ
    • 米国:継続出願、分割出願の戦略的活用
    • 欧州:課題解決アプローチに沿った意見書対応
    • 中国:実施例を重視した権利範囲の設定

組成物発明の国際特許戦略では、各国の審査実務の違いを理解した上で、出願前の準備段階から戦略的に対応することが重要です。特に、実施例や効果の記載は各国の要件を満たすよう慎重に検討する必要があります。

 

また、主要市場での早期権利化と、コスト効率を考慮した出願国の選定も重要な戦略となります。国際特許戦略は一度決めたら終わりではなく、各国の審査状況や市場動向に応じて柔軟に調整していくことが成功の鍵です。

 

PCT(特許協力条約)の公式ガイドライン - WIPO