除くクレーム 審査基準と新規事項追加の判断基準

特許出願における「除くクレーム」とは何か、その定義から審査基準での取り扱い、新規事項追加の判断基準まで徹底解説します。除くクレームは進歩性の判断にどう影響するのでしょうか?

除くクレーム 審査基準の解説と活用方法

除くクレームの基礎知識
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定義

請求項に記載した事項の記載表現を残したまま、一部の事項のみを除外することを明示した請求項

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主な用途

新規性等(29条1項3号、29条の2、39条)の拒絶理由を解消するため

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判断基準

新たな技術的事項を導入するものでなければ許容される

除くクレームの定義と基本的な考え方

「除くクレーム」とは、特許請求の範囲(クレーム)において、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項を指します。具体的には、「〜(ただし、○○を除く)」という形式で記載されることが一般的です。

 

この表現方法は、特許出願後に先行技術文献が発見され、クレームの一部がその先行技術と重複する場合に、その重複部分のみを除外することで新規性や進歩性を確保するために用いられます。

 

除くクレームは、発明の本質的な部分を変更することなく、特定の実施形態や数値範囲だけを除外するという特徴があります。これにより、出願人は出願時には予期していなかった先行技術との衝突を回避することができるのです。

 

除くクレームと審査基準における新規事項追加の判断

特許法第17条の2第3項では、補正は「当初明細書等に記載した事項の範囲内」でなければならないと規定しています。しかし、除くクレームの場合、除外する対象が当初明細書等に明示的に記載されていないケースが多いため、新規事項追加に当たるかどうかが問題となります。

 

特許・実用新案審査基準では、除くクレームについて以下のように定めています:
「除くクレームは、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。」
この原則に基づき、審査基準では特に以下の2つの場合が例示されています:

  1. 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(29条1項3号、29条の2または39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正
  2. 請求項に係る発明が「ヒト」を包含しているために、29条1項柱書きの要件を満たさない、または32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正

これらの場合、除外することによって補正前の明細書等から導かれる技術的事項に何らかの変更を生じさせるものとはいえず、新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるため、許容されるとされています。

 

除くクレームの進歩性判断と裁判例の動向

除くクレームと進歩性の関係については、審査基準において興味深い記述があります。審査基準では、「除くクレームとすることにより特許を受けることができる発明は、引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明である」としています。

 

つまり、単に先行技術と重複する部分を除外しただけでは、通常は進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどないと考えられています。除くクレームが有効なのは、本質的には進歩性を有する発明が、偶然的に先行技術と一部重複している場合なのです。

 

しかし、裁判例を見ると、進歩性欠如を解消するための除くクレームが認められたケースも存在します。例えば、知財高判平成25年(行ケ)第10266号、知財高判平成23年(行ケ)10383号、知財高判令和4年(行ケ)10030号などがあります。

 

これらの裁判例から、除くクレームは新規性等の拒絶理由だけでなく、進歩性欠如の拒絶理由を解消する目的でも使用できる可能性があることがわかります。ただし、その場合でも、新たな技術的事項を導入しないという基本原則は守られなければなりません。

 

除くクレームのソルダーレジスト大合議判決の影響

除くクレームの解釈において重要な転換点となったのが、知財高裁(特別部)平成20年5月30日判決、平成18年(行ケ)10563号「ソルダーレジスト事件」大合議判決です。

 

この判決以前は、特許庁の審査実務では、除くクレームは「例外的に」新規事項でないと取り扱われていました。しかし、この大合議判決において裁判所は、除くクレームについても通常の補正と同様に、「明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべき」であり、「例外的」な取扱いを想定する余地はないと判示しました。

 

この判決により、除くクレームの新規事項該当性判断は、他の補正と同様の基準で行われるべきであるという考え方が確立されました。つまり、除くクレームであっても、新たな技術的事項を導入しないという原則が守られるべきであり、その判断は当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で行われるべきとされたのです。

 

この判決の影響を受けて、現在の審査基準も改訂され、除くクレームを「例外的」に扱うという考え方は採用されなくなりました。

 

除くクレームの明確性要件と実務上の注意点

除くクレームを使用する際には、明確性要件(特許法36条6項2号)も満たす必要があります。審査基準によれば、否定的表現(「〜を除く」、「〜でない」等)があっても、①除かれる前の発明の範囲と、②除かれる範囲とが明確であれば、発明の範囲は明確であるとされています。

 

しかし、「除く」部分が請求項に係る発明の大きな部分を占めたり、多数にわたる場合には、一の請求項から一の発明が明確に把握できないことがあるため、注意が必要です。

 

実務上の注意点としては、以下が挙げられます:

  1. 除外対象の明確な特定: 除外する対象は、明確かつ具体的に特定する必要があります。あいまいな表現は明確性要件違反となる可能性があります。

     

  2. 過度な除外の回避: 除外部分が多すぎると、発明の把握が困難になり、明確性要件違反となる可能性があります。

     

  3. 技術的意義の考慮: 単に先行技術を回避するだけでなく、除外後の発明が技術的に意味のあるものであるかを考慮すべきです。

     

  4. 進歩性の検討: 除くクレームとしたことで新規性は確保できても、進歩性の判断は別途行われることを念頭に置く必要があります。

     

  5. 明細書の記載との整合性: 除外した結果、明細書の記載と矛盾が生じないか確認することが重要です。

     

実際の出願戦略としては、除くクレームを用いる前に、他の補正方法(例えば、発明の特徴をより積極的に限定する方法)も検討すべきでしょう。除くクレームは、他の方法では対応できない場合の「最後の手段」として位置づけるのが賢明です。

 

除くクレームの国際的な取り扱いと日本の審査基準の特徴

除くクレームの取り扱いは国によって異なります。日本の審査基準の特徴を理解するためには、国際的な視点も重要です。

 

欧州特許庁(EPO)では、G 1/03およびG 2/03審決により、除くクレームは以下の場合に認められています:

  • 新規性を確保するため(日本と同様)
  • 技術分野外の発明を除外するため
  • 特許性がない主題(例:医療方法)を除外するため

米国特許商標庁(USPTO)では、除くクレームは「ネガティブ・リミテーション」と呼ばれ、MPEP 2173.05(i)に規定されています。米国では、除外する対象が明細書に明示的に記載されていない場合でも、当業者が明細書の記載から合理的に導き出せる場合には許容される傾向にあります。

 

日本の審査基準の特徴は、ソルダーレジスト大合議判決の影響を受けて、「新たな技術的事項を導入しないもの」という基準を明確に打ち出している点にあります。これは、欧州や米国の基準と比較すると、より原則的なアプローチと言えるでしょう。

 

また、日本の審査基準では、除くクレームの進歩性判断について「引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明」という考え方を示している点も特徴的です。これは、単なる形式的な除外ではなく、発明の本質的な価値を重視する姿勢の表れと言えます。

 

国際的な出願を行う場合には、各国の除くクレームに対する考え方の違いを理解し、それぞれの国の基準に合わせた対応を検討することが重要です。

 

以上、除くクレームの審査基準について解説しました。除くクレームは、適切に使用すれば有効な権利化戦略となりますが、新規事項追加や明確性の問題に注意しながら、慎重に活用することが求められます。