特許 新規性喪失の例外規定と適用条件

特許出願前に発明を公開してしまった場合でも救済される可能性がある「新規性喪失の例外規定」について解説します。どのような条件で適用されるのか、手続きの方法や注意点まで詳しく解説していますが、あなたの発明は救済されるのでしょうか?

特許 新規性喪失の例外について

特許の新規性喪失の例外規定とは
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発明公開後の救済措置

特許出願前に発明を公開してしまった場合でも、一定の条件下で新規性を失っていないものとみなす特許法上の救済制度

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適用期間

発明公開から1年以内に特許出願することが必要(以前は6ヶ月だったが2018年に延長)

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適用条件

権利者の行為に起因する公開または権利者の意に反する公開であること、所定の手続きを行うこと

特許を取得するためには、その発明が「新規性」を有していることが必須条件です。特許法第29条第1項では、特許出願前に公知となった発明は特許を受けることができないと定められています。つまり、発明の内容を学会発表や論文発表、製品販売などで公開してしまうと、原則として特許を受けることができなくなります。

 

しかし、研究者や発明者にとって、研究成果をいち早く発表したいという要望は強く、また不意に発明が公開されてしまうケースもあります。そこで、日本の特許法では第30条において「新規性喪失の例外規定」を設け、一定の条件下で新規性を喪失した発明であっても、特許出願を可能とする救済措置を設けています。

 

特許の新規性喪失とは何か

特許法において「新規性」とは、その発明が世の中に存在していない、つまり新しいものであることを意味します。特許法第29条第1項では、次のような発明は新規性がないとされ、特許を受けることができません:

  • 特許出願前に日本国内または外国において公然知られた発明
  • 特許出願前に日本国内または外国において公然実施された発明
  • 特許出願前に日本国内または外国において、頒布された刊行物に記載された発明
  • 特許出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(インターネット上での公開など)

つまり、発明者自身が学会で発表したり、論文を投稿したり、製品として販売したりすることによって、その発明は「公知」となり、新規性を失ってしまいます。これは発明者自身による公開であっても同様です。

 

特許 新規性喪失の例外規定の適用条件

新規性喪失の例外規定が適用されるためには、以下の条件を満たす必要があります:

  1. 公開の態様による条件
    • 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して新規性を喪失した場合(特許法第30条第2項)
    • 特許を受ける権利を有する者の意に反して新規性を喪失した場合(特許法第30条第1項)
  2. 時期的条件
    • 新規性を喪失した日から1年以内に特許出願すること

      (※2018年の法改正により、従来の6ヶ月から1年に延長されました)

  3. 手続的条件
    • 特許出願時に「新規性喪失の例外規定の適用を受けようとする旨」を記載した書面を提出すること
    • 出願日から30日以内に「新規性喪失の例外規定の適用の要件を満たすことを証明する書面」を提出すること

ただし、特許公報、実用新案公報、意匠公報などの公報に発明が記載され、これらが公開されたことによる新規性喪失については、例外規定の適用を受けることはできません。これは、公報の公開が特許を受ける権利を有する者の行為に起因しているわけではないためです。

 

特許 新規性喪失の例外適用の手続き方法

新規性喪失の例外規定の適用を受けるための具体的な手続きは以下の通りです:

  1. 出願時の手続き
    • 特許出願の願書に「【特記事項】特許法第30条第2項の規定の適用を受けようとする特許出願」と記載する
    • または、特許出願と同時に「新規性喪失の例外規定の適用を受けようとする旨を記載した書面」を提出する
  2. 出願後の手続き
    • 特許出願の日から30日以内に「新規性喪失の例外規定の適用の要件を満たすことを証明する書面」を提出する

証明書には、公開の事実を証明する資料を添付する必要があります。公開の態様によって必要な証明資料は異なります:

  • 学術論文や雑誌で発表した場合:発行日、刊行物名、巻数、号数、該当ページ、発行所/発行元、公開者、公開された発明の内容などを記載した書面
  • 学会発表の場合:学会名、開催日時、場所、発表者、発表タイトル、発表内容を示す資料
  • インターネットで発表した場合:ウェブサイトに掲載した日、URL、公開者、公開された発明の内容などを記載した書面
  • 展示会で発表した場合:展示会名、開催期間、場所、展示内容を示す資料

これらの書面には、出願人(特許を受ける権利を有する者)の署名または押印が必要です。

 

特許 新規性喪失の例外適用の注意点と落とし穴

新規性喪失の例外規定を利用する際には、以下の点に注意が必要です:

  1. 国際的な効力の限界
    • この救済措置は日本国内においてのみ有効であり、同様の規定がない諸外国では特許を取得できない可能性があります
    • 米国や中国など一部の国には類似の制度がありますが、適用条件や期間が異なります
    • 欧州特許庁(EPO)など、このような救済制度を持たない国・地域もあります
  2. 出願日の遡及効果がない
    • 新規性喪失の例外規定は、新規性が喪失しなかったものとみなすだけで、出願日が遡及するわけではありません
    • 公開後、出願前に第三者が同じ発明について出願した場合、その第三者の出願が優先されます
    • 公開後、出願前に第三者が同じ発明を公開した場合、その公開によって新規性が失われる可能性があります
  3. 複数回の公開に対する対応
    • 発明の内容を複数回にわたって公開した場合、それぞれの公開について新規性喪失の例外規定の適用を受ける必要があります
    • 例えば、論文発表後に学会発表をした場合、両方の公開について証明書を提出する必要があります
  4. 第三者による拡散リスク
    • 発明者が公開した内容を見た第三者が、その内容をさらに拡散した場合、この第三者による公開が新規性喪失の例外規定の対象となるかは微妙な問題です
    • 第三者による公開が発明者の公開に起因することを証明できなければ、新規性喪失の例外規定の適用を受けられない可能性があります

これらの理由から、可能な限り発明を公開する前に特許出願を行うことが望ましいとされています。新規性喪失の例外規定はあくまでも「救済措置」であり、計画的に利用すべきものではありません。

 

特許 新規性喪失の例外規定の歴史的変遷と最新動向

日本の特許法における新規性喪失の例外規定は、時代の変化に合わせて徐々に改正されてきました。その主な変遷は以下の通りです:

  1. 適用対象の拡大(2011年改正、2012年4月1日施行)
    • 改正前:学術団体が開催する研究集会での発表、政府等が開催する博覧会への出品など、限定的な公開形態のみが対象
    • 改正後:公開態様を問わず、特許を受ける権利を有する者の行為に起因するすべての公開が対象に

    この改正により、インターネット上での公開、展示会での発表、テレビ・ラジオでの発表など、あらゆる形態の公開が新規性喪失の例外規定の対象となりました。

     

  2. 適用期間の延長(2018年改正、2018年6月9日施行)
    • 改正前:新規性喪失から6ヶ月以内の出願が必要
    • 改正後:新規性喪失から1年以内の出願が可能に

    この改正は、米国の猶予期間(グレースピリオド)が1年であることとの国際調和を図るとともに、発明者により十分な検討期間を与えることを目的としています。

     

  3. 手続きの簡素化
    • 以前は公開の態様ごとに異なる証明書が必要でしたが、現在は統一された様式で証明書を提出できるようになっています
    • 特許庁ウェブサイトでは証明書のひな形が提供されており、手続きが簡素化されています

最新の動向としては、新型コロナウイルス感染症の影響による特例措置として、一時的に手続期間の延長が認められたケースもありました。また、国際的な制度調和の観点から、今後も制度の見直しが行われる可能性があります。

 

特許の専門家からは「新規性喪失の例外規定はあくまでも非常手段であり、可能な限り発明を公開する前に特許出願を行うべき」という意見が多く聞かれます。しかし、研究開発のスピードが加速する現代において、この規定の重要性は今後も高まっていくと考えられます。

 

特許 新規性喪失の例外と研究者のための実践的対策

研究者や大学関係者が特許と研究発表のバランスを取るための実践的な対策を紹介します:

  1. 学会発表・論文投稿前の対策
    • 発表予定の内容に特許性がある可能性を事前に検討する
    • 可能であれば、発表前に特許出願を済ませる
    • 特に外国出願の予定がある場合は、発表前の出願が重要
  2. 学内発表(卒業論文・修士論文発表会など)の対応策
    • 非公開形式での開催:参加者を限定し、秘密保持の誓約を得る
    • 発表資料の管理:図書館等での公開を遅らせるか、閲覧者から秘密保持の誓約書を得る
    • 公開日の明確な記録:一般公開の日を明確に記録しておく
  3. 複数回の発表がある場合の対応
    • それぞれの発表について新規性喪失の例外規定の適用を受ける
    • 最初の公開日から1年以内に出願することを忘れない
    • 各発表の証拠(予稿集、プログラム、スライドなど)を保存しておく
  4. 共同研究の場合の注意点
    • 共同研究者全員が特許を受ける権利を有する者となるよう、権利関係を明確にしておく
    • 共同研究者による発表も「特許を受ける権利を有する者の行為」として扱われるようにする
    • 共同研究契約書に特許出願に関する条項を含める
  5. 研究費申請書・報告書の取り扱い
    • 研究費申請書は通常「公開を目的とするもの」ではないため、公知とはならない
    • ただし、採択された研究の要旨がウェブサイト等で公開される可能性がある場合は注意
    • 報告書が公開される場合は、特許出願を検討すべき発明の詳細は記載しない

特に大学や研究機関の研究者は、学術発表と特許出願のタイミングに悩むことが多いでしょう。そのような場合は、所属機関の知的財産部門や産学連携本部に早めに相談することをお勧めします。多くの大学では、研究成果の特許化をサポートする体制が整っています。

 

特許庁:発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について(詳細な手続きガイドと証明書の様式が掲載されています)
特許出願と研究発表のバランスを取ることは容易ではありませんが、新規性喪失の例外規定を正しく理解し、適切に活用することで、研究成果の発表と権利化の両立が可能になります。ただし、この規定はあくまでも「例外的な救済措置」であることを忘れず、計画的な特許戦略を立てることが重要です。

 

最後に、特許の専門家からよく聞かれる言葉を紹介します:「新規性喪失の例外規定は、うっかり公開してしまった場合の保険であり、意図的に使うべきものではない」。この言葉を胸に、研究と特許のバランスを考えていきましょう。